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東日本大震災

椎名です。今とんでもないことになっていますね。このブログを見ているみなさんは大丈夫でしょうか?
ツイッター、メール、コミュニティの掲示板などで私の事を心配してくださった皆様方、本当にありがとうございます。
幸い私たちの地域は被害がそれほど大きくないので大丈夫です。ご心配おかけしました。

さて、どのメディアも大震災一色。というわけで今回の記事もそれに便乗してみようと思います。
今回の記事は震災直後~今日までの様子をテーマに書いていこうと思います。

「3/11」午後15:30

地震の起こった日時です。このとき私はTVを横目で見ながら動画を作っていました。
パソコンのキーボードをリズムよくカチャカチャ叩いていると、突然訪れた激しい揺れ。
「お、地震か。まぁすぐ止まるだろ」とその時はたいして気にも止めなかったのですが
何かがおかしい。揺れが今まで経験したことがないほど強い。そして一向に治まる気配がない。

揺れはどんどん激しさを増し、部屋の本棚が不気味なリズムで左右に揺れ始めます。
家具という家具が床に倒れ、家はギシギシと苦しそうな悲鳴を上げます。
ふいに昔ニュースで流れた海外の大地震の映像がフラッシュバックしました。

これは普通の地震じゃない。あのニュースの映像のようになってしまうのではないか。
そう思うと急に恐怖心が私を支配し、最悪の事態しか考えられなくなっていました。

揺れはしばらく続いたものの次第に沈静化し、静けさを取り戻しました。
部屋はグチャグチャ。地震の影響で停電が起こっていました。
-------
大雪や地震で停電になることはよくあったので、地震も治まったしすぐに電気も復旧するだろう。
そんな軽い考えでのほほんとしていました。ですが周りの様子がどうもおかしい。
サイレンがけたたましく鳴り響き、空にはヘリコプターが何台もどこかへ向けて飛んでいく。
停電でTVもネットも使えないので状況を把握することができないのですが
これをみてただ事ではない、とやっと気づきました。

その日はロウソクを灯して一夜を過ごす。しつこいほどの頻度で繰り返される余震。
それは真夜中だろうがお構いなしだ。少しでもウトウトしようものなら
激しい揺れで起こされる。眠れない夜が続く。
------
「3/12」

電気に続いてガスが止まっていることに気付く。水道は機能しているが断水の可能性アリと報道が入る。
幸い携帯電話のTVが使えたので、ここでやっと何が起きていたのかを知る。
マグニチュード8.8の日本最大級の大地震。(のちに9.0→世界最大級に修正)
それが岩手県と宮城の県境という目と鼻の先で起きたというから驚いた。
当然県境となる地域での被害は深刻なもので、私達の住んでいる地域とはくらべものにならないものだった。

とにかくライフラインが死んでいるので何とかしなければならない。
幸い私の住んでいる地域は農村なので、水道が止まっても湧水があるし
ガスが止まっても山にいけばマキが腐るほど落ちている。
さすがに電気はどうにもならないが、水と火があれば十分である。

次に食料を始めとした物資を確保するべく町へと出た。
街並みが倒壊、といった甚大な被害はないものの、電気の供給がとまっているために
信号機が機能しておらず、タイの道路を走っているような気分にさせられる。
店に入ると地震の被害を改めて痛感することになる。

店中が異様に酒臭い。おそらく商品の酒瓶が床に落下したのだろう。
また、食料品の流通もストップしており、我先にと食料を買おうとする人が殺到したせいで
店の商品棚はすでにガラガラ。
さながら閉店セールのようなもの悲しさだ。
残っているのは生魚などばかり。米や缶詰はすでに売り切れていた。

他の店も見てまわりたかったが、ガソリンスタンドが機能していないので
むやみに走り回るのはよくないと判断し、おとなしく家に帰った。
幸いうちは農家なので、農作物の備蓄がある程度はある。
それでなんとかするしかない。

とにかく腹が減ったので、何かを食べなくては。
そのためにはマキが必要だ。
家には昔ひい爺さんがやってた金山が家の裏にある。今は金が出なくなってただのスギ山になっているが
まずはそこでマキを拾うことにした。腕の太さくらいあるマキは私が。
指の太さくらいの細いマキは小笠原に拾ってもらった。

次に蔵でホコリをかぶっていた釜を引っ張り出し、庭の真ん中に陣を取ってマキでご飯を炊いた。
マキで飯を炊くのは小学生以来だったのでいささか不安だったが
体が覚えていたようで美味しい飯が炊きあがった。

さすがに飯だけでは、ともう一つの釜でカレーを作った。
肉は商店が例の様子だったので手に入れることができず野菜だけのカレーになってしまったが
釜を使って外で料理をする、というあたかもキャンプのようなシチュエーションも手伝って
美味しく食べられた。

電気がないので風呂に入れないのだが、私はともかく女の子が風呂に入れないのは
可哀そうなので、ここでもマキを駆使して風呂を沸かしてみた。

いつまでこんな生活が続くのかを考えると気分も暗くなるし、どうせなら楽しもうと思う。
県境の人のことを考えると不謹慎な考え方かもしれないが、こう考えないとやっていられないのだ。

風呂からあがった後は、余ったマキで盛大にキャンプファイヤーをしてその日は寝た。
まだ余震は続いている。
-----
「3/13」

携帯のTVを見ながら朝食作り。小麦粉をひいてウドンを作り、それを釜でゆでる。
途中で小笠原が銀紙に包んだジャガイモを持って現れ、それをマキの中に投げ入れる。
マキで料理をするとき、その中にこうやって何かしら入れるのが楽しい。
私はニンニクとシシャモを銀紙にくるんでマキへ投げ入れた。

ゆであがったウドンを食べ、そろそろ頃合いかと銀紙にくるんだ物達をマキの中から
ほじくりだす。ホクホクに焼きあがったジャガイモとニンニクを食べていると
美味しい匂いにつられたのか、いつも遊びに来るノラのにゃんこがふらりと現れる。
ちょうどシシャモのホイル焼きが余っていたのでそれをあげる。
ハフハフと熱そうに美味しそうに食べた。〆は釜でカンカンに沸かしたお湯で作ったお茶。
にゃんこもお茶を飲む。なんて渋いネコなんだお前は。
マキの火が暖かいのか、いつも飯を食べるとフラリと去っていくニャンコが
その場でうとうとと丸くなる。私達は携帯のTVで災害のニュースを見続けていた。
-----
お昼になり、また飯を作ろうと釜のところへいくと、家の中から小笠原の声がした。
何事かと戻ってみると部屋の電気がついている。どうやら電気が復旧したらしい。
ガスも元通り使えるようだし、水道も結局止まることはなかった。
ライフラインが完全に回復したので、とりあえずは以前と同じ生活に戻れそうである。

だが相変わらず買い物はまだできないし、ガソリンの給油もまだだし
完全に以前と同じというわけにはいかない。しかしライフラインの回復という
目に見える形での区切りを迎えられたことでやっと安心することができた。
おかげでどっと疲れがでてしまったけれども。
-----
この記事を書いている今も強い余震が起こっています。
また、いまだにライフラインの回復していない地域があり
配給の食料がビスケット2枚、おにぎり1個という地域もあるようです。
まだまだ深刻な状況におかれている人達がたくさんいます。

早くみんなが以前と同じ生活に戻れますように。そう願いをこめてこの記事を終わりたいと思います。
ここまで読んでいただきありがとうございました。

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